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認知症男性の人身事故について鉄道会社が遺族に賠償を求めた事案


この事案は、テレビやネットのニュースでも多く取り上げられ、話題になった事案である。

本件は、認知症男性が起こした人身事故により振替輸送費などの損害を被った鉄道会社が、事故を起こした認知症男性の遺族に損害賠償を求めたというものである。

話題になったのは、高齢化社会が進み認知症患者が増加する中で、その介護をしていた遺族が負う責任の範囲が問題となっていたからだと考えられる。

もし裁判上、遺族側の責任が広く認められると、これから認知症患者を介護する親族の方々にとっては大きなリスクを抱えながら介護をしなければならないという状況になりかねない。

そうなると、認知症患者の親族は積極的に介護をしなくなるおそれも生じ、今後認知症患者が増えると予想される社会に適合しない結果となってしまいかねない。

一方で、人身事故等により鉄道会社や一般の方々が認知症患者の言動によって損害を被るという可能性は否定できず、その場合に全く損害賠償を請求できないと断じてしまうのもバランスが悪い。

本件は、まさにこのバランスが問われた事案だったと考えられる。

本件は、名古屋地方裁判所の第一審から最高裁判所の上告審まで争われ、最終的には、本件において遺族側は損害賠償責任を負わないという結論が確定している。

目次

-第一審-

-控訴審-


第一審の概要


第一審の判決は「名古屋地裁平成25年8月9日」


事案の概要

平成19年12月7日午後5時47分ころ、JR東海東海道本線の共和駅構内において, 新快速列車が通過する際に、アルツハイマー型認知症の男性(当時91歳)(以下、「A」という。)が線路内に立ち入っていたため、 Aと列車が衝突し,Aが死亡した。そして、JR東海からAの遺族である妻Y1、二女Y2、長男Y3、三女Y4、二男Y5対して損害賠償請求がなされた。


裁判の結論

妻Y1と長男Y3に対する720万円の損害賠償請求を認め、二女Y2、三女Y4、二男Y5に対する請求は認めなかった。 Y1の責任は、民法709条の不法行為、Y3の責任は、民法714条の責任無能力者の監督者等の責任が根拠である。つまり、 Y1は、Aが人身事故を起こしJR東海に損害を生じさせたことについて過失があり、 また、Y3は、Aの重要な監督者だから過失がなかったことを立証しない限り損害賠償の責任を負うところ、その立証ができなかったということ。


責任能力判断の位置付け

Aに不法行為の責任能力が認められれば、A自身に不法行為責任が生じ、それに基づく損害賠償義務が遺族らに相続され、 遺族らに過失があろうとなかろうと賠償義務を負うことになる。JR東海側としては、Aの責任能力が認められれば、 遺族らに対する請求が認められる可能性が高いため、期待の程度はさておき、Aの責任能力を認めて欲しかったに違いない。


責任能力とは

責任能力は、自己の行為が法律上違法なもので、法的責任を負わされ得るものであることを認識できる能力がある場合に認められるなどとされている。 そして、本件において、裁判所は、Aの責任能力を認めず、Aには不法行為責任はなかったとして、 Aの損害賠償義務をY1ないしY5が相続したことを理由とする請求は認めなかった。



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認知症男性の責任能力を否定した理由(第一審②)

理由は、一言でいえば、Aの認知症の程度が重かったということ。

判決理由では、Aの認知症の程度に関して、主に以下の3点が指摘されていた。

①A自身の言動
事故の4年くらい前から妻を母と認識し、子供の顔が分からないなど人物の見当識障害(アルツハイマー型認知症では後期に現れる症状)もすでに現れていた上、その後、Aは、行方不明になったことも2度あり、また、所構わず排尿するなど、事故当時、Aの認知症の程度が重かったこと。
②要介護認定の等級や一次判定結果
要介護認定も、事故の10か月前くらいに要介護2から4に変更され、その要介護認定の一次判定では、「日常生活自立度の組み合わせ」という項目の「認知症高齢者自立度」が「Ⅳ」、すなわち、「日常生活に支障を来すような症状や行動、意思疎通の困難さが頻繁にあり常に介護を必要とする状態であるなどと判定されていた。それに加え、認定調査結果では、短期記憶ができず、また、日常の意思決定は日常的に困難であるとされていた。そして、その後症状回復した事情がない。
③主治医の診断
主治医が、アルツハイマー型認知症により意思決定能力及び意思伝達能力がないなどと診断していること。

コメント

「要介護認定の等級」や「一次判定結果の内容」だけで責任能力なしという結論に結び付けることはできないが、裁判所は、それに加えて、当時のA自身の行動から考えても、自分の行動が法的責任を問われるような行動かどうかの判断ができる能力はなかったと判断した。

確かに、要介護認定の等級や一次判定結果だけで決めないよといっても、本件において、責任能力の判断にあたり重要な考慮要素になっているのではないだろうか。本人の認知症の程度を示す言動についての証拠としては、親族の証言などの証拠が考えられるが、身近な人物の主観評価が混じっている可能性も高く、責任能力の有無を判断する裁判所としては、ある程度客観的な第三者の視点を重視したいはずのところ、「要介護4級」の認定や、一次判定のための調査結果の「認知高齢者自立度」は、ある程度客観的に認知症の程度が重いということが分かる場合であろう。

そうであるなら、要介護の認定のための調査が長期間をかけてものすごく厳格に行われているか否かに関わらず、認知症の程度をはかる指標として重要な考慮要素となり得る。


プラスα

ある程度客観的に認知症の程度が分かるといったのは、要介護認定の等級が4級ということは、要支援1~要介護5までの7段階の中で、介護の必要性が上から2番目の等級であるから、認知症の場合には、ある程度客観的に認知症の程度が重いと認識される場合に認定される等級であろうということ。

また、自立度「Ⅴ」では、専門医療を必要とされるケースであるから、認知症の症状が重くても、それには至らないケースでは「Ⅳ」にとどまるものと考えられるから、「Ⅳ」には認知症の程度が相当重いケースも含まれるであろうということ。

そして、自立度「Ⅱ」では、日常生活に支障を来す言動が「多少」あり注意していれば自立可能な場合、自立度「Ⅲ」では日常生活に支障を来す言動が「たまに」あり介護を必要とする場合、「Ⅳ」では日常生活に支障を来す言動が「頻繁に」あり「常に介護を必要とする」場合に認められるものであることから、その3段階のうち一番症状が重い場合であろうということ。

認知症高齢者自立度の「Ⅳ」は自立度5段階の中の自立度が低い方から2番目の位であることから、こちらもある程度客観的に認知症の程度が重いと認識される場合に認定されるものであろうということ。

といったことがいえそうであり、そうすると、Aの認知症の程度を判断する際、調査員の主観によって簡単に大きく左右されるような等級や判定結果とはいえず、ある程度客観的な指標として考慮していいだろうと思ったから。

認知症と責任能力の関係については、奥が深そうなので、事件の依頼をいただいたときなどチャンスがあれば研究したい。



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第一審の裁判所が認知症男性の妻の責任を認めた理由(第一審③)


裁判所がY1の責任を認めた理由を紹介する前に、まず、事故当時のY1自身の事情やAの介護環境について見てみたい。


Y1とAをとりまく環境


①Aは、事故3年前程に2回、一人で外出し行方不明になったことがあった。そのため、Aの長男の妻Bは、Aが一人で外出した場合に備え、警察に連絡先などを伝えるとともにAの名前、Bの連絡先などを記載した布をAの着衣に縫い付けておいた。

②長男Y3は自宅玄関付近に玄関センサーを設置しY1の枕元でなるようにしておいた。

③Aは事故当時、週6日ほど介護施設(正確な施設のジャンルは不明)に通っていた。一方で、Y1は、Aが事故にあった際、85歳と高齢であり、自分自身も要介護1の判定を受けていた。

おそらく、これらの事情だけを見ると、Y1やその周囲の人は十分注意して介護しているではないかという人が大半なのではないだろうか。まあ、全事情を考慮しても、今回の判決は、介護する人に過重な負担だといった評価があるわけだけれど。それはそれとして。では、なぜY1に責任が認められたのか。

裁判で認定された、おそらくY1にとって不利な事情を見てみる。


Y1に不利な事情


①Aが要介護4級の認定を受けた後もY1がある程度Aの介護をするということが長男Y3や三女Y4の間で認識が共有されていた。

②A宅は自宅に事務所が併設され、事務所出入り口は日中解放状態であったところ、昔、たばこなどを販売していたころに設置したセンサーの電源は切られていた。

③Aが要介護4級の認定を受けてもそれは変わらず、Aが事務所出入り口から勝手に外に出ることがあったが電源は切られたままだった。

④また、特別養護老人ホームへの入所も断念し、介護士のホームヘルパーの依頼なども検討しなかった。

⑤そして、事故当日、Aは午後4時半ころ自宅に帰った後、長男の妻が玄関でAが排尿した段ボールを片付けていたためAとY1が二人になったところ、Y1がまどろんで目をつむっている間にAが事務所出入り口から外に出て行って人身事故を起こしたというわけだ。

⑥それに加え、Aは、資産家であり特別養護老人ホームやホームヘルパーを使用するにあたり十分な資力があったという事情もある。


ここまでくると、Y1に責任を負わせるべきか否か、判断に迷う人も多いのではないだろうか。現に、私もその一人。

裁判所はどう判断したか。


Y1に責任が認められた理由


Y1に責任が認められたのは、不法行為上の「過失」ありとされたから。

その「過失」の内容は、判決文によれば、「少なくともA宅の外部に開放されている場所にAと二人だけでいるという場面においては、Aの動静を注視した上、Aが独りで外出して徘徊しそうになったときは、自らにおいてこれを制止するか又はAに付き添って外出するなどの対応をするか、仮にそれが困難であれば、B(長男の妻)らにAの状況を速やかに伝えて上記のような対応をすることを求めるなどの、Aが独りで徘徊することを防止するための適切な行動をとるべき不法行為上の注意義務」があったのに、二人きりになった際まどろんで目をつむって注意を怠ったから「過失」ありというわけである。

ちなみに裁判所は、Y1に注意義務を負わせる前提として、Aの介護を一定程度引き受けたという事実ないし評価を加えている。


コメント


この判決を読んだとき思ったのは、ホームヘルパーを頼む資力はあったのであるから、それに頼らずに親族らで自ら介護する以上は、Aが一人で徘徊するおそれが一定程度以上ある場合、徘徊防止のための注意体勢は自ら講じるべきであり、身近なY1にはそれが可能だという価値判断があったのではないだろうかということ。

ただ、証拠関係が分からないから何とも言えないのだが、Y3やY4、長男の妻とY1の間で、Y1によるAの介護をどれだけ期待し、Y1が引き受けていたのか微妙だとも思う。

Y3のAの介護に対する積極的関与状況とY1の健康状態からすれば、Y1に対する期待は、二人になったら常に注意を向けていなければならないという厳しいものよりも、ある程度軽減された、例えば、Bから「Aを見ることができないから見ていて」などという指示があった場合に注意して見るというものだったともいえる。

そうすると、Y1に裁判所が設定した注意義務を負わせる前提が崩れ、Y1の責任を否定する結論も十分成り立つと思った。


この判決に対しては、世間では、介護する人に酷だという評価が多いみたいだ。

私は、今日検討した限り、Aの妻「Y1」に対して責任を負わすのは多少酷だと感じた。


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監督義務者としての責任(第一審④)


第一審の裁判所は、認知症男性の長男Y3に賠償責任を認めたが、その責任の根拠は民法714条あり、少し特殊なものなので、まず、民法714条の責任がどういうものかについて検討してみる。Y3に責任が認められた具体的理由については次回に回したい。


民法714条の責任とは


民法714条は、責任無能力者が不法行為により他人に損害を与えた場合に、その責任能力がないため責任を負わないときでも、その監督義務者や代理監督義務者が無過失を立証しない限り賠償責任を負わせるものである。


監督義務者


この「監督義務者」とは、身上監護を伴う法的な監督義務者のことを意味し、経済的な親族間の扶養義務(民法877条)とは異なると考えられる。例えば、未成年者については「親権者」「未成年後見人」「児童福祉施設の長」などが該当し得る。

成年者については、「成年後見人」が該当し得る。


監督義務者に準ずる者として責任を負う可能性


また、法的監督義務者とはいえなくても、それに準じる者が民法714条に基づいて責任を負うかについては見解が分かれているようだ。

裁判例では、

結論は責任を否定したものの、重度の知的障害を伴う成人の自閉症患者について、同人を保護監督すべき具体的必要性があった場合に、同居の親が「監督義務者に準じる者」として責任を負うことがある旨示した裁判例(名古屋地裁平成23年2月8日)、

成人の精神障害者について、①監督者とされる者が精神障害者との関係で家族の統率者たるべき立場及び続柄であること、②監督者とされる者が現実に行使し得る権威と勢力を持ち、保護監督を行える可能性があること、③精神障害者の病状が他人に害を与える危険性があるものであるため、保護監督すべき具体的必要性があり、かつ、その必要性を認識し得た場合に、同居の親が「監督義務者に準じる者」として責任を負うとし、その責任を認めたもの(福岡高裁平成18年10月19日)などがあります。


コメント


裁判例で認められる多くは、未成年者と同居し、実際に監護している親権者に民法714条の監督義務者として責任を負わせたケースが多い。ただ、被監督者が成人であっても、実際に監護に当たっている人に「監督義務者に準じる者」として責任を負わせるケースも多々見られるようだ。

このように、一般的には、被監督者が成人で法的な監督義務者がいないケースにおいても、実際に監護にあたっている人が責任を負う可能性はある。

「監督義務者に準じる者」として責任を負うか否かの判断材料としては、①被監督者の監督を期待できる身分関係上又は法律上の関係があるか、②監督者の立場上、現実に監督を行う実行性があるか、③被監督者の病状が、他人に損害を与える可能性、④事実上の監督者が③を認識できるかという点が考慮されていると考えられる。


民法714条の責任の根拠が、「責任能力に欠ける者の監督者が、責任能力に欠ける者を保護監督し、その行為に責任を持って被害者救済をしなければ信義に反する」という点にある。そうすると、裁判例で指摘されている上記判断材料によって、「監督者に準じる者」として責任を負わせるのか否か判断するのは当然であり、責任を負うのは、必ずしも後見人などの正式に法律上の監督義務を負う者だけに限るべきではない。

したがって、監督義務者の他、事実上の監督者が「監督者に準じる者」として責任を負う場合があることは、納得できる。

認知症患者の人身事故についての判決に対して批判する方々も、この点については、多くの人は納得しているのではないだろうか。



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第一審の裁判所が認知症男性の長男の責任を認めた理由(第一審⑤)


認知症患者Aの長男Y3に責任が認められた具体的理由について。

Y3に認められたのは、民法714条の監督義務者に準じる者としての賠償責任ということは前回述べた。

Y3について賠償責任が認められた具体的理由を検討するにあたり、まずは、Y3やAをとりまく環境をみて、それから具体的理由の検討に移りたい。


Y3とAをとりまく環境


「認知症男性の人身事故について鉄道会社が遺族に賠償を求めた事案について(3)」で書いた「Y1とAをとりまく環境」と重なる点が多いが、一応重複する部分も含めて書いておく。

①Y3は神奈川県横浜市に妻Bと暮らしていたところ、事故の5年前、Aの介護のため、長男の妻としてBが、横浜市からAが住む愛知県大府市に単身移り住んだ。

②Aは、事故3年前程に2回、一人で外出し行方不明になったことがあった。そのため、Aの長男の妻Bは、Aが一人で外出した場合に備え、警察に連絡先などを伝えるとともにAの名前・Bの連絡先などを記載した布をAの着衣に縫い付けた。

③Y3は自宅玄関付近に玄関センサーを設置しY1の枕元でなるようにしておいた。

④Y3はAの介護方針を判断し決定していた。

⑤Aの事故当時、Y3は月に3回程、愛知県大府市に行き、BからAの状況について報告を受けていた。


裁判所がY3の責任を認めた理由


裁判所は、Y3を監督義務者に準じる者と認める前提として、上記の事情の他に、


①Aが責任無能力であることは家族共通の認識となっていたところ、Aは多額の資産を有していたことから、本来は成年後見の手続きが取られるべきだったのにもかかわらず親族によって管理されていたこと。

②そして、それら重要な財産についての方針決定権限は、事実上、AからY3に引き継がれていたこと。


を重視した。

そして、上記事情をもとに、Y3が監督義務者に準じる者とした上、Aの徘徊傾向と事務所出入口の開放状況からすれば、①Aが徘徊して第三者の生命身体財産に危害を及ぼす危険性は認識し得たのに、②事務所出入口のセンサーの電源を切ったままにし、また、③介護保険福祉士のY4やホームヘルパーへ訪問を依頼することもしなかったとして過失がなかったとはいえないとした。



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控訴審の裁判所が認知症男性の妻の責任を認め長男の責任を否定した理由


控訴審の判断に対しては、JR東海側も遺族側も上告し、平成28年3月1日に最高裁判決が言い渡されるという状況である。

そのため、最高裁判決が出る前ではあるが、この事件について一度考えておきたい。


第一審の判決に対しては、JR東海側が認知症男性の妻(以下、「妻」という。)と長男(以下、「長男」という。)以外の遺族についての判断部分は控訴しなかったため、控訴審は妻と長男の責任に判断が絞られた。

名古屋高裁は、認知症男性の妻について、民法714条1項の「監督義務者」に該当すると判断した上、認知症男性に対する監督として十分でなかった点があるとして賠償責任を認めた。

ただ、民法722条2に体現されている「損害の公平な分担の精神」に基づいて、賠償責任を損害額の半分に軽減した。

一方、認知症男性の長男については、民法714条1項の「監督義務者」にも、同条2項の「代理監督者」にも、「代理監督義務者に準じる者」にも該当しないと判断して賠償責任を負わないとした。

 

争点

本件の控訴審の判断をする場合の主な争点は、

①妻が民法714条1項の監督義務者に該当するか。

②①を肯定する場合、妻の監督に過失がなかったといえるか。

③長男が民法714条1項の監督義務者、同条2項の代理監督者、代理監督者に準じる者に該当するか。

④妻と長男は民法709条の不法行為に基づく責任を負うか。

という点である。

コメント

問題状況

ここで民法714条1項の「監督義務者」該当性等の法律解釈の詳細について述べることはできないが、本件での妻が、「監督義務者」に該当するということは否定できないように思われる。たしかに、精神保健福祉法の規定が平成11年の改正により、保護者の自傷他害防止義務が削除されたという経緯や妻自身要介護の認定を受けているという事情はある。しかし、法律上の配偶者として、法律上の責任無能力者とされる方の一番身近にいる人が、民法714条の「監督義務者」に該当しないとすることは、難しいように思われる。

本件で一番の問題は、妻の認知症男性に対する監督に過失がなかったといえるかどうかという点である。

本件は、認知症男性の遺族らによる介護体制があまりにもずさんだったと評価できるような事案ではなく、相当の介護体制が取られている中で起こった事故である。

そのため本件は、社会一般に、認知症患者の介護をする方々がどこまでの義務を負うのかという問題として広く知れ渡ることになった。

高齢化社会が進み、介護職の待遇も十分とはいえない日本の現状から、介護する方々に過大な負担を負わせるような判断はして欲しくない。

一方で、認知症患者の方々の行動により損害を被る被害者というのも社会に存在する。

そのため、本件においては、この介護側の負担と被害者側の損害回復という難しい両者のバランスが問われているように思う。


控訴審判決の姿勢

本件の控訴審の判決からは、このバランスを取ろうとした姿勢が読み取れる。

(1)長男の責任を認めなかった点

(2)妻の責任を認めつつも賠償額を軽減した点

(3)妻にも長男にも709条の不法行為の責任は認めなかった点

(4)認知症男性の介護体制について「相当に充実した介護がなされていたものということができる。」と指摘している点

等である。


法律的に批判するのであれば、監督義務者の解釈や注意義務の程度、賠償責任の軽減方法について指摘することはできるのであろうが、裁判所は形式的に法律を解釈適用するだけではなく、事案に沿った妥当な解決をしようとしているということを理解していただければ良いのではないかと思う。


最高裁判決の注目点

最高裁判決について、介護側と被害者側のバランスという観点から注目されるのは、妻に監督上の過失があったのかどうかという点に関する判断である。

控訴審は、認知症男性が過去に徘徊状況から他者の財産権侵害となる行為をする危険性があったことを前提に、以前作動させていた事務所出入口のセンサーを作動させていなかった点を重視して過失ありとした。

しかし、認知症男性が過去に他者に危害を加えたり財産的損害を与えたりしたという事情は認定されていない。

また、出入口は事務所の他に自宅の玄関もあるようであり、その他、認知症男性が外出しようとする際には妻にカバンの用意を依頼するのが通常であったようであるとも認定されている。

他にも、過去の徘徊は妻が就寝中の夜間であり、本件の午後5時台の時間帯とは異なるという事情も認定されている。

そのため、認知症男性が他者の財産権侵害を生じさせるような行動をすることについての予見可能性はあったのか、予見可能性があったというのであればその監督義務として介護体制は不十分だったのかについては別の結論も取ることができるようにも思われる。

そのため控訴審の判断とは異なり、妻の責任も認めない判断となる可能性も十分ある。

今後言い渡される最高裁判決において、一定の判断や判断基準のようなものは示されると考えられるので、見守りたいと思う。

なお、以上はあくまで個人的見解である。

(以上、最高裁判決前に掲載した内容である。)


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