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入社直後の退職と損害賠償責任(1)


はじめに


会社に入社してすぐに、または、入社後に突然退職した場合、労働者は会社に対して損害賠償責任を負うのであろうか。

会社側とすれば、社員の採用に一定の費用をかけているため、入社直後に退職されると採用にかけた費用が全く無駄になってしまうという感覚であろう。また、突然退職されると、取引先との取引が円滑に進まず、最悪の場合契約を解除されるなど不測の損害を被ってしまうおそれがある。

一方、労働者側としても、採用されたとはいっても入ってみなければ分からなかった会社の空気と合わなかったり、考えていた仕事と異なっていたりする等の事情があって辞めたいと考えることも仕方ないことである。また、転職先の職場での都合上、すぐに辞めざるを得ないことも考え得る。


裁判例のご紹介


入社直後に退職した事例を取り扱った裁判例として、東京地方裁判所平成4年9月30日判タ823号208頁を紹介する。

この事件は、インテリアコーディネート業等を営むX社が、入社後4日間で退職したYに対して、Yが退職したことでZ社との契約を解除されたことで失った利益についてXY間で金200万円の損害賠償の合意をしたとして、その履行を求めた事案である。


判旨


「そもそも、期間の定めのない雇用契約においては、労働者は、一定の期間をおきさえすれば、何時でも自由に解約できるものと規定されているところ(民法627条参照)、・・・・・本件において、平成2年6月10日ころまでには、辞職の意思表示をしたものと認められないではないから・・・・・平成2年7月1日以降について解約の効果が生ずることになる。X社がYに対し、雇用契約上の債務不履行としてその責任を追及できるのは、・・・・・6月30日までの損害にすぎないことになる。」


解説


・はじめに

この判決は、Yに対して、結局はX社への70万円の支払いを命じたものであるが、単なる損害賠償請求ではなく、X社とYの間の損害賠償の合意に基づいて請求している点に特徴がある。

そして、X社とYとの間でもともと200万円の損害賠償の合意をしていたにもかかわらず、上記のような点を考慮して信義則上70万円にまで減額したものであり、有効になされた合意であるにもかかわらず、Yの責任を限定してYに有利な結論をとった。


・特殊事例であること

この判決だけを見ても、債務不履行に基づく損害賠償請求ではないため、Yが退職に至った責任がX社にあるのかY自身にあるのか詳細に認定されているものではなく、あくまでX社とYとの合意に基づく請求についての判断であることが分かる。

そのため、このような合意がない場合に、どういう事情があればYのような労働者が損害賠償請求を負うことになるのかどうかは、この判決からは明らかではない。

 

・読み取れる判断要素

ただ、本件においても、Yが行った雇用契約の解約の効力が生じた後の損害については債務不履行に基づく請求はできないとしている。

そうすると、Yのような期限の定めのない労働者入社直後に退職した場合であっても、損害賠償責任を負うのは、労働者からの雇用契約の解約の効力が生じる前の期間に生じる損害についてのみということになる。

入社直後の退職だけでなく、入社後一定期間経過した後に突然退職した場合についても、基本的には同様の判断になるであろう。

そして、当該期間に限って会社側に生じる損害について会社側が立証することは必ずしも容易ではなく、立証できたとしても損害が認められる期間も限られているため高額になることは考えがたい。

また、一般的にいえば、労働者が多ければ多い程、退職者が会社に与える影響力は低くなり、損害として認められにくいとも考え得る。

なお、Yのような労働者の採用に要した費用や、退職後に代替要員を採用した場合の費用については、Yが法律上有効に雇用契約の解約をしても生じる費用であるから、退職した労働者に損害賠償請求することはできないと考えられる。


 

今回は、裁判例を解説したが、次回は、入社直後に退職した場合や突然退職した場合に損害賠償責任が生じるかについて一般的に検討してみたい。


入社直後に退職したら損害賠償責任を負うの?(2)

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