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入社直前の採用辞退と損害賠償責任


はじめに


会社に入社する直前に、突然採用辞退した場合、入社予定だった人はその会社に対して損害賠償責任を負うのであろうか。

会社側とすれば、採用活動に一定の費用をかけているため、入社直前に採用辞退されると、代替要員の確保が難しく、また、採用にかけた費用が全く無駄になってしまうという感覚であろう。

また、突然採用辞退となると、新規採用者が入社することを前提に外部と取引をすることにしていた場合などでは、取引先との取引が円滑に進まず、最悪の場合契約を解除されるなど不測の損害を被ってしまうおそれがある。

一方、労働者側としても、内定を得たとはいっても会社を信用できず、内定後の会社の対応に問題があって採用を辞退して違う職場で働きたいと考えることも仕方なく、その判断が遅れてしまうこともやむを得ない面がある。


裁判例のご紹介


入社直前に採用辞退した事例を取り扱った裁判例として、東京地方裁判所平成24年12月28日労働経済判例速報2175号3頁を紹介する。

この事件は、原告Xが被告Y社に平成22年6月に内定をもらい、平成23年4月1日から入社予定であったが、内定後の研修期間中、Xの姿勢についてY社の課長から厳しい言動を取られて内定辞退の強要を受けたとしてY社に対して損害賠償を請求したのに対し、Y社側からXに対して、内定辞退が債務不履行又は不法行為に該当するとして採用にかかった費用等の損害賠償請求の反訴が提起された事案である。


判旨


「入社日までに上記条件成就を不可能ないしは著しく困難にするように事情が発生した場合、原告は、信義則上少なくとも、被告会社に対し、その旨を速やかに報告し、然るべき措置を講ずべき義務をおっているものと解されるが、ただ、その一方で、 労働者たる原告には原則として、「いつでも」本件労働契約を解約し得る地位保障されているのであるから(民法627条1項)、本件内定辞退の申入れが債務不履行又は不法行為を構成するには上記信義則違反の程度が一定のレベルに達していることが必要 であって、そうだとすると本件内定辞退の申入れが、著しく上記信義則上の義務に違反する態様で行われた場合に限り、原告は、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。」

「本件内定辞退の申入れは、信義則所の義務に著しく違反する態様で行われたものであるとまではいい難く、したがって、原告は、この点に関し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を負うものではない。」


解説


・はじめに

ここでは、Xの請求ではなく、裁判所がY社の反訴請求を認めず、Xが損害賠償責任を負わないとした点についての解説をする。

この判決は、結論的に、Xの請求もY社の請求も認めなかった。

Xの責任を認めなかったのは、判決文からは債務不履行行為又は違法行為がなかったということだと考えられる。

つまり、採用にかかった費用についてXの行為と相当因果関係が認められないという理由ではなく、そもそも、債務不履行行為又は違法行為がないということである。

そのため、仮に、本件内定辞退行為が債務不履行行為又は違法行為とされた場合に、Y社にどの程度の損害が生じるのか、また、Xが負うべき損害賠償責任の有無及びその範囲を判断したものではない。


・前提事実

判決が前提とした事実関係によると、Xは入社予定日だった4月1日の前日3月31日に代理人を通じて内定辞退を申し入れた。

また、Xは同月7日、当時在籍していた大学で留年手続を取ったため、事実上Xの留年が決定していた。

このように、Xにおいて内定辞退の申入れをする3週間ほど前にはすでに入社する意思を失っていたとも考えられるが、内定辞退の申入れが入社前日と直前に行われたという事情があってもなおXの責任を認めなかった理由は何であろうか。

・Xの責任を認めなかった理由

判決によると、Xの責任を認めなかったのは、

①Xが留年手続を取ったのはY社課長の原告に対する辛辣な言動があったことが一つの理由であり、報告が遅れたことの責任を社会経験の乏しいXに期待するのは酷であること

②留年手続をとった3月7日時点で、Xには代理人が就き、翌8日にはXの代理人が窓口となることをY社は知っていたため、内定辞退となることはY社において想定内の事柄であったと考えられること

といった事情である。

つまり、内定辞退に至った原因はY社にもあり、内定辞退がある程度予測できた以上、入社予定日前日に採用辞退しても信義則上の義務に著しく違反するものではないということである。

・考察

本判決は、労働者には退職の自由があることを理由に、内定辞退者の損害賠償責任について制限的に考えた判決だと考えられ、妥当なものと考えられる。

ただ、早い段階で入社しない見込みであったにもかかわらず、入社予定日前日という直前に内定辞退したという事情は問題となり得るところであり、ケースバイケースで判断が分かれる可能性はある。

私見でも、Y社課長の対応とY社側の採用辞退の可能性についての認識を考慮すれば、本件についてはXの行為が違法とまではいえないものと考える。

Xの内定辞退行為が違法行為とされた場合には、Xがどの範囲の損害賠償責任を負うかについては、本判決において判断されていない。

その点、退職の場合であれば、退職の申入れの予告期間(期限の定めのない労働契約であれば2週間)の経過により退職についての損害賠償責任を負わずに退職することができると考えられる。

内定辞退においても同様に考えると、同期間を経過すれば内定辞退についての損害賠償責任を負わずに内定辞退をすることができることになる。

そうすると、仮にXの内定辞退行為が違法とされる場合でも、その予告期間中に生じた損害についての賠償責任に限られるものと考えられる。

そして、その損害は、代替要員を確保した費用等であると考えられるが、Xに支払われるべきはずだった給料相当額については控除されるべきであるから、損害の発生を主張立証することは会社側とすれば困難であると考えられる。


内定辞退に至る原因については、事案によってそれぞれであろうが、内定者が入社の希望を喪失するのには、会社側の採用活動過程又は内定後の対応等が原因となる場合も少なくないと考えられる。

ある程度の困難な課題や苦痛が生じたからといって、直ちに入社直前の採用辞退に正当な理由が認められるものではないと考えられるが、判決でも指摘されているとおり、労働者側はいつでも退職する自由が法律上認められ、退職する理由は問われない。

そのため、退職する場合と同程度の予告期間を遵守して採用辞退をした場合には、採用辞退の理由にかかわらず採用辞退についての損害賠償責任は生じないものと考えられる。

(就労開始後の「退職の自由」よりも、就労開始前の「採用辞退の自由」の方が、範囲が広いはずであり、採用辞退の場合でも、少なくとも退職の場合と同程度の予告期間を遵守しておけば良いと考えられる。)


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